2011年08月09日

関西学院大学総合制作学部山中速人研究室「災害とマイノリティ シリーズT」関東大震災と朝鮮人 姜徳相さんの講演録より(3)

DSC02913.jpg
2011年7月26日〜8月23日までは、「災害とマイノリティシリーズT」をお送りします。
1984年9月15日に神戸学生青年センターで開催された姜徳相さんによる講演〜関東大震災と朝鮮人〜を5回に分けて解説を加えながらお届けします。
1995年1月17日の神戸での震災、そして2011年3月11日に起こった東日本大震災、そのことを考える上で「災害とマイノリティ」との関係を見つめなおすため、今関東大震災をしっかりと検証する必要があります。
今回は第3回目です。
聞き手は、関西学院大学総合制作学部山中速人教授、ゲストとしてお話いただいたのは、神戸学生青年センターの館長飛田雄一さんです。

関東大震災の朝鮮人虐殺は、単に日本国内で起こった朝鮮人残虐物語と考えてはいけません。日本の侵略で作られた朝鮮人への差別意識が絶頂に達するのが朝鮮併合です。熾烈な独立運動の高揚が、関東大震災の前段階にあり、高い段階へ転化していきました。日本の植民地支配に対する民族独立運動と関東大震災の朝鮮人虐殺は連動しています。
在日朝鮮人は、第一次大戦後急激に増え、関東大震災の頃には10万人に達していました。1922年〜1923年、日本の労働運動の先頭に立っていたのは朝鮮人労働者でした。米騒動以来の日本の社会主義運動や共産主義運動と、朝鮮人の階級的な解放の闘いは、萌芽的な意味で連帯を深めていくという土壌がありました。

関東大震災の朝鮮人虐殺は、単に日本国内で起こった朝鮮人残虐物語と考えてはいけません。日本の侵略で作られた朝鮮人への差別意識が絶頂に達するのが朝鮮併合です。熾烈な独立運動の高揚が、関東大震災の前段階にあり、高い段階へ転化していきました。日本の植民地支配に対する民族独立運動と関東大震災の朝鮮人虐殺は連動しています。
在日朝鮮人は、第一次大戦後急激に増え、関東大震災の頃には10万人に達していました。1922年〜1923年、日本の労働運動の先頭に立っていたのは朝鮮人労働者でした。米騒動以来の日本の社会主義運動や共産主義運動と、朝鮮人の階級的な解放の闘いは、萌芽的な意味で連帯を深めていくという土壌がありました。

特高は、朝鮮人を監視しました。特高主任者会議の資料には、「うそをつくことは鮮人の国民性」「鮮人は思想運動をしていなければ婦女を誘拐している」「鮮人の生活程度が低いので留置所でも平気でいる」など常に敵視した発言が残っており、日本にいる朝鮮人の見方がうかがえます。


posted by FMYY at 18:58| Comment(0) | podcast | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。